福祉教育関係の研究会で得たこと

今回の東京行きのメインは、教え子の結婚式でした。 切符を取ってもらってからふと気がつくと、次の日は研究会が東京であったのでした。なので、すべて私費で、お仕事もしてきた、というわけです。 研究会は、ESD(持続可能な開発のための教育の10年)関係です。 2005年から10年間、世界中でこの教育に力を注ぎましょう、ということになっています。 ESD学校教育研究会主催の、ESD授業デザインプロジェクト公開研究会2009 Vol1 東京 です。 (2回目は7月4日(土)、岩手大学で開きます。誰でも参加可能です) 以下、チラシから引用。 今回は、事例発表として神奈川県立七里ガ浜高校のボランティア学習・キャリア教育の実践を、同校教諭の渡辺岳氏(社会福祉士)よりうかがいます。 また、日本社会事業大学教授の田村真広氏から学校カリキュラム、福祉教育実践についてご講演を頂き、ESD授業デザインワークショップ「ESDカリキュラム検討」で授業・カリキュラムやボランティア学習の検討を行います。 ということで、今回は福祉教育に光を当て、その問題だけでなく、いろんな問題について語り合いました。 学生さん、先生、社会福祉協議会の方、街づくりをやってる方、シンクタンクの方、退職して進路を模索している方、アメリカで10年学んできて日本の教育に疑問を持っている方、大学教授などなどが参加者です。 渡辺先生は高校数学の先生。 文系の、数学を受験で必要としない生徒たちに福祉の授業をしているとか。でも、数学の時間です。(笑) 生徒たちに福祉施設でボランティア(奉仕?)をさせ、作文を書かせることによって、生徒たちが自分のことを考えるきっかけにしたい、ということなのかな? 温情主義(やってあげる)からの脱却を目指し、誰もが自分らしく生きていくというノーマライゼーションを理解することが目的だったり、何がノーマルなのかを理解し、想像する力が付くという。 でも先生は、生徒の作文の中身から、日本の福祉施設の労働環境が変わってきたと指摘します。 昔は「措置」だった福祉が、入所者本位になり、「契約」になってきたと。なので、福祉施設の職員は毎日自分たちがサービス業であるとの思いを新たにして臨んでいる。それが、実は施設職員としての生きがいにもつながっている姿を見るとき、生徒たちも同じ作業をする中で、生きがいを見つけて行っているのではないか。(というか、それを狙っている) そこに、持続可能な職場や社会が見えてくる、と。 昔は、こういう施設に自分の親を入れたくない、と、100%の生徒が書いていたが、今はそうでもないらしい。施設そのものがよくなったのかもしれない。と先生は指摘する。 僕は、高校に福祉科があるのは知っていましたが、「社会福祉基礎」という教科書があることは初めて知り、そこに福祉の根底の考え方が書いてあると聞いて、欲しくなりました。 二人目は田村先生。 教育学の専門家だが、福祉教育も専門としている。 先生は、非正規雇用の若者が日本には50%近くもいる実態を話された。 それを、「好んでフリーターをしたり派遣で働いている」と思い込んでいる大人たちがいまだに多く存在する。 そこにはお互いに対する不信感しか生まれず、教育や指導など成り立ちようがない、と。 また、デンマークに福祉教育を学びに行ったら、担当者から「そんなものはない」といわれた。その代わり、「民主主義教育」ならやっているとか。 日本の民主主義は、多数決主義としてしか教育されてこなかった。でも、本来の民主主義は、多くの情報から物事の決定に対して平等に参加し、自己決定し、自己責任を持つということである。 日本では、狭い選択肢の中から無理矢理自己決定させられ、自己責任だけ取らされるという構造になっている。これでは若い人たちは社会に参加できない。 今は、大人の世代が若い頃に成り立っていた考え方が成り立たない社会である。 世代間文化の継承が教育だが、全然成り立たないのであれば、別の教育をしなければならない。なのに、時間数だけ増やしてみたりして、教育のことを本気で考えているとはとても思えない。 また、子どもたちの貧困は、経済的な貧困だけでなく、社会的公正の問題として捉える必要があり、さらに発達と自立の問題としても理解しなければならない。それを誰がきちんと押さえているのでしょう。 問題提起後の討論は、どうしてそんなに若者の非正規雇用率が高いのでしょうか、という素朴な疑問から始まり、福祉の世界での離職率の高さの話や、その中であえぐ若者たちの姿から、教育はどうあらねばならないか、というあたりの話に進んでいきました。 僕は、バブル崩壊に伴った、企業による社員教育の放棄から 始まり、社会全体が若者の教育と成長までの猶予を待つ姿勢を放棄し、単純な能力獲得への調教と、今役立つ人材を今だけ欲しい、という方向に向かってきたのではないかと発言しました。まさに、今も続けられている教育活動がそれだと思います。 だからこそ、僕たちは、多分野の情報を若者に与え、それらの関係性を一緒に考えることで、若者とのつながりを取り戻し、社会全体を透明性の高いものに変えていきたい。 それは、学校教育から始めないと意味がないのだ、と思ってこの研究会を続けています。 ただ昨日の僕は、新幹線の発車時刻が迫ってきたので、先に帰ってしまいました。せっかく、アメリカで10年学んで帰国し、なんか日本の教育に違和感を感じている人が発言を始めたというのに。 やっぱり、飲んでそのまま東京にもう一泊して帰ればよかったかなあ。。。